2011年10月19日水曜日

きれいな服をきて

絵・鈴木周作










    先日、国会のなかで開催されたある集会で、参加者の女性がいいました。

  「国会議員はみんな、きれいな服をきて、マイクのまえで話すけれど、わたしたち庶民の気持ちなんて、わかるのか」

    きれいな服をきて、(おいしいものを食べて)…
    共産党の議員にまでいわれるのかと、ちょっと、かなしくなりましたが、政治全体への苛立ちが、伝わってきました。


   いま、「国民に負担をもとめるなら、国会議員も身を削れ」と、マスコミの大合唱がつづいています。
   わかりやすいが、危険な宣伝です。国会議員の報酬などを適正化するのは当然。しかし、国会議員が「身を削れ」ば、大増税を了解するということになるのでしょうか。

    問題の本質から目をそらせるために、意図的なキャンペーンがおこなわれているようにおもえてなりません。

    大金持ちが優遇され、大企業がお金を有り余らせている日本。そのことに触れないマスコミ。 
   「国民(庶民)に負担をもとめるなら…」の次にくるべきものは、ほんとうは何なのか。
    負担の公平性に目をむけた、正確な議論が必要です。