2011年12月25日日曜日

映画のすすめ8-抜き身の刀

椿三十郎(三船敏郎)








   小学生のころから、映画館に入りびたりでした。
   父は東映の美術の仕事をしていました。当時は「家族パス」のようなものがあり、従業員の家族は映画館にタダで入れたのです。
   母も映画好きでしたので、新作がくるたび、私をつれて近所の、京都北大路にあった映画館に足をはこびました。「タダ見の親子」として、有名になっていたのかもしれませんが、そのうち、映画館のおじさんは、私ひとりで行っても、中に入れてくれるようになりました。

   ときは時代劇の全盛期。たいていの時代劇は、月光仮面とおなじで、正義の味方が悪者をこらしめる話なので、子どもでも理解できました。ただ、「忠臣蔵」だけは、まどろっこしくて、よくわかりませんでした。
   京都太秦(うずまさ)にあった東映の撮影所にもよく遊びにいきました。父が、大スター大川橋蔵さん(のちにテレビで銭形平次役)に会わせてくれました。頭をなでられ、その手の感触は、いまでもおぼえています。

   大きくなったら、父のように映画の仕事がしたい、できれば監督さんになりたいとおもいました。

   黒澤明の映画は、近所の映画館では上映されず、父につれられて四条河原町の映画館までよく見にいきました。父は仕事の勉強もかねていたのか、おなじ黒澤作品をくりかえし見るのです。なかでも、「椿三十郎」は、朝から夜まで映画館にいて、四回くらい見せられた記憶があります。

   城代家老のおっとりした奥方(入江たか子)が三十郎(三船敏郎)に、こういってさとすシーンがあります。
   「あなたは、すこしギラギラし過ぎですよ。抜き身の刀みたい。本当にいい刀は、鞘(さや)に入っているものですよ」 

   そのセリフを何度もきいているうちに、なぜか、その前の日にけんかした友だちのことをおもいだしました。こっぴどく、やっつけたので、こんど会ったらあやまろうとおもいました。

 「抜き身の刀」が、八歳のときにおぼえた、人生、最初の格言です。